なんとなく日誌

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魔女「イザボー・シェイネ」の正体を追う

イザボー・シェイネとはなにものか

 前回、なぜか日本で有名になりつつある「魔女マリ・ダスピルクエット」について調べた。
 ネット上にある解説の元になっているのは、Yahoo知恵袋の質問「実際に実在していた魔女といわれていた人を教えて下さい(2010/7/13)」の回答だ。これが複数のまとめサイトに広がることで複数の「なぜか有名な魔女」が生まれつつあり、その一人がイザボー・シェイネだ。今のうちに、ちゃんと原典を確認しておこう。
(素人による調査なので、不十分なところがあります。特に原典はフランス語なので機械翻訳などを利用しています)
noroue4.hatenablog.com

歴史上の『イザボー・シェイネ』

 フランス・ヴィヴァレでの魔女裁判の記録を調査した『異端審問官を前にしたヴィヴァレの魔女たち(※1)』(1865)にイザボー・シェイネ(Cheyné Isabeau)の名前がある。1656年にヴィヴァレで裁かれた人物として、8ページにわたってイザボー・シェイネに対する尋問の内容が記録されているのだ。ちゃんと200年間、裁判記録が残されていたらしい。マリ・ダスピルクエットの原典である『悪魔の無節操絵図』と比べてもかなりマイナーな本のようだ。


魔女になった経緯

 上記の本(※1)によれば、イザボー・シェイネは魔女になった経緯を語っている。

どのようにして魔女になったのですか?
11年ほど前に足に怪我をして、治療のためにドーフィネ州のモンテリマーへ行きました。その町で治療所に住む女性を見つけ、悪魔の力で治してもらいました。そして15日か3週間ほど経ってからまた彼女のところへ行くと、彼女は私を山や森、いろんな場所で行われるサバトに連れていきました。初めて悪魔が話しかけてきたとき、悪魔はたくさんの銀貨を与えると約束してくれました。私は貧しく、それが必要でした。実際、悪魔は数枚の銀貨を渡しましたが、家に帰るとそれはツゲの葉になっていました。
(モンテリマーの悪魔はまだ下等な物質を貴金属に変える賢者の石を見つけていなかったのです)
Interrogée commentelle a été faite sorciére? -- A répondu qu'il y a onze ans environ qu'ayant mal aux jambes, elle alla pour guérir au Montélimar en Dauphiné, trouver une femme qui demeurait á la maladrerie de ladite ville, laquelle la guérit de la part du diable;et quinze jours ou trois semaines aprés, étant retournée trouver ladite femme, elle la mena au sabbat en diverses parts, dans les bois, sur les montagnes, óu étant, la premiére fois le diable lui vint parler, lui ayant promis de lui donner beaucoup d'argent, de quoi elle avait besoin, étant pauvre. De fait, il lui donna quelques piéces d'argent, qui se trouvérent des feuilles de buis lorsqu'elle fut dans sa maison.(le diable de Montélimar n'avait pas encore trouvé la pierre philosophale qui transforme les matiéres abjectes en métaux précieux)

猫に変化

 魔女が動物に化けることはよく知られているが、イザボー・シェイネの自白では猫への変化が何度か語られている。猫に変化した彼女と悪魔は、猫用の入り口から家の中に侵入して子供をさらったらしい。(ペットが自由に出入りできるキャットドアってそんなに昔からあったんですね)

ladite Peytiére et elle prirent la forme d'un chat et entrérent avec le diable par la chatiére dans la maison dudit Gransan, oú étant, le diable prit l'enfant dudit Gransan auprés de lui et de sa femme et le sortit par la chatiére, d'oúelles sortirent aussi.

魔女の軟膏

 マリ・ダスピルクエットの自白と同様に、イザボー・シェイネの自白にも魔女の軟膏によって空を飛ぶ話がみられる。サバトに行く際には、魔女の軟膏を使って空を飛んでいくということが当時からお決まりとして知られていたようだ。

彼女とMontélimar在住の女性はどうやってサバトに行きましたか?
先述の治療所の女性が悪魔から渡されたある軟膏を小さな棒に塗り、彼女自身にも塗ると、彼女たちは煙突から大砲のように出ていき、サバトまで運ばれました。
(毒軟膏はいつもサバトの夢を見せてくれる)
Interrogée comment elle et cette femme de Montélimar allérent au sabbat? -- A répondu que le mauvais bailla ladite femme dans ladite Maladrerie, un certain onguent avec lequel chacunne oignit un petit báton, et l'ayant oint, elles furent portées et sortirent par le canon de la cheminée jusqu'au sabbat.(L'onguent empoisonnné fait toujours naitre les réves du sabbat).

 「サバトの夢」とも言っているので、イザボー・シェイネの言うサバトは夢の中の出来事なのかもしれない。夢の中で、あるいは『霊魂になって(幽体離脱して)』行う集会は、当時の呪術・・・というか民間信仰の類型のひとつとして知られている。霊魂となって魔女と戦うという『ベナンダンティ』が有名だが、病の治療のために妖精の集会に参加するというシチリアのシャーマンの記録も残っている。(※2)

イザボー・シェイネの最期

 イザボー・シェイネは火あぶりの判決を受け、ヴィルヌーヴ・ド・ベルグ(villeneuve-de-Berg)の広場で執行された。

Cette pauvre sorciére fut condamnée par ses juges, qui assurément n'étaient pas sorciers, á étre brúlée toute vive. Sa sentence fut plemement exécutée sur la place de villeneuve-de-Berg, á la grande édification et á la plus grande satisfaction des habitants qui s'y attroupérent, pour voir souffrir et mourir cette malheureuse femme.

日本のweb上の魔女『イザボー・シェイネ』

 日本のネット上で最も古い情報は、2010/7/13のYahoo知恵袋の回答だ。その内容は
「1656年のフランス、ヴィヴァレの裁判にて、サバトに誘われて行ったとして、イザボー・シェイネ」
と短い。しかし、これを元にしたとみられるNaverまとめでは

ヴィヴァレの裁判所で一六五六年に裁かれました。
イザボー・シェイネの告白は以下の通りでした。
私は十一歳のころ足が悪くなり、なおしてもらうためにドーフィネ地方のモンテリマールの、町のはずれにいる女に会いに行きました。その女は悪魔の力を使って私を直しました。

そして二~三週間後、またそこに戻つて女に会いました。女は私を、あちこちの森や山にあるサバトにつれていきました。
最初のとき、悪魔は私に話をしにやってきて、私に沢山の金をやろうと約束しました。私は貧しかったので、金がほしくて、とびつきました。
実際、悪魔は、何枚かの銀貨を私に与えてくれました。が、家に帰ってみたら、それはツゲの葉でした。

と、イザボー・シェイネが魔女になった経緯が追加されている。
 この記述はおおよそ正しいように見えるが、「11歳のころ」ではなく「11年前」かも[A dit qu'il y a environ onze ans qu'elle est sorciére.])。他のまとめサイトの情報はほぼNaverまとめの引き写しだ。

・各種小説投稿サイト
マリ・ダスピルクエットほどではないが、個人の小説にもイザボー・シェイネの名前を持つ魔女が出てきている。

日本の商業作品における『イザボー・シェイネ』

 既に複数の作品に登場しているマリ・ダスピルクエットと違って「イザボー・シェイネ」はまだマイナーだ。『イザボー・シェイネ』そのままの名前を持つキャラクターはおそらく存在しない。珍しい苗字の『ダスピルクエット(d'Aspilcouëtte)』と違って『イザボー(Isabeau)』も『シェイネ(Cheyné)』もそこまでレアではないので元ネタとは断言できないが、関連してそうなものは以下。

・マジカルフリック
2014/11/10~2016/3/24の短命で終わったソシャゲ。
実装時期は不明だが、『イザボー』およびその進化形『悔悛の魔女・イザボー』として登場した。
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注:マギレコにもイザボーの名前を持つ魔女が登場するが、フランス王妃イザボー・ド・バヴィエールが元ネタのはずなので除外

結論

 イザボー・シェイネ(Isabeau Cheyné)の出典は『Les Sorcieres Du Vivarais Devant Les Inquisiteurs de La Foi』(1865)(※1)であることが確認できた。まとめサイトの情報おおよそ正しそうだが、残念ながら参照元と思われる日本語書籍はまだ見つからない。情報求む。

参考文献

書籍

※1. Jean-Baptiste Dalmas(1865)『Les Sorcieres Du Vivarais Devant Les Inquisiteurs de La Foi』
※2. 度会好一 (1999年)『魔女幻想 呪術から読み解くヨーロッパ(中公新書) 』

webサイト

Yahoo知恵袋「実際に実在していた魔女といわれていた人を教えて下さい」
・『「魔女」の烙印を押された人たち - NAVER まとめ』(ttps://matome.naver.jp/odai/2141449540268808201)