なんとなく日誌

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魔女『マリ・ダスピルクエット』の正体を追う

マリ・ダスピルクエットとはなにものか

 近年、日本のファンタジー作品に登場しはじめた魔女『マリ・ダスピルクエット』。
 現時点では有名なキャラクターとはいいがたいものの、ネット上のまとめサイトにも「実在した魔女」として多数紹介されており、新たな魔女キャラクターとして広まりつつあるように見える。このような動きはおそらく日本だけのものであり、海外においてはほとんど知られていないようだ。そんな『マリ・ダスピルクエット』がなぜ日本で魔女キャラとして確立されようとしているのか、原典不明のまま有名になる前に情報を整理しておきたい。
(※素人による調査であり、不十分である可能性が高いです。情報提供をお待ちしております)

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うらら迷路帖に登場する『マリ・キスピルクエット』
noroue4.hatenablog.com


歴史上の『マリ・ダスピルクエット』

 正体は明確で、1609年ごろのフランス・バスク地方で行われた大規模な魔女狩りの被害者の一人、"Marie d'Aspilcouëtte"だ。(表記揺れ:Marie d'Aspilecute、Marie d'Aspilcouette、Marie d'Aspilcuete、Daspilcouete)
 その名前は当地の魔女狩り指導者であった裁判官のピエール・ド・ランクル自身の著書『悪魔の無節操絵図』(※1)(※2)に登場し、これが『マリ・ダスピルクエット』の原典となる。この著書は魔女関係の書籍で取り上げられることも多いが、マリ・ダスピルクエット自身はかなりマイナー。

 ピエール・ド・ランクル魔女狩りを熱心に遂行した人物であり、その功績を誇るために『悪魔の無節操絵図』を書いたようだ。そのため誇張が含まれている可能性もあり、600人の犠牲者という数字も疑問視されている。裁判の記録が見つかっているわけではなさそうで、マリ・ダスピルクエットを完全に「実在人物」としていいのか微妙なところだ。

書籍に登場するマリ・ダスピルクエット

 前述の『悪魔の無節操絵図(Tableau de l'Inconstance des Mauvais Anges et Demons)』は、最近その英訳が出ている(※1,※2)。魔女狩りの例のひとつとして彼女の名前が引用されることがあり、『THE WITCH-CULT IN WESTERN EUROPE』に複数回名前が出てくるほか、日本では『魔女幻想 呪術から読み解くヨーロッパ』に「マリー・ダスピルキュエット」として紹介され、『魔女の文明史』にも「マリー・ダピキュエルト」として名前が出ている(※3,※4,※5)。
 とはいえ日本の魔女狩り関係の書籍において彼女の登場率は低く、表記が『マリ・ダスピルクエット』となっている書籍は発見できなかった。
(月刊ムーの魔女狩り特集号も確認したが、ダスピルクエットの名前は見つからない)
(近くの図書館にない本も多く、調査は不十分)

沈黙薬のエピソード

 マリ・ダスピルクエットの自白の中では、洗礼前の子供の肝臓で作る『沈黙薬』のエピソードがちょっと有名かもしれない。このエピソードは魔女関係の本で語られることがある。(これが初出かどうかは不明)

ダスピルクエットによると、サバトに集まった人々は洗礼前の子供の肝臓の粉を混ぜた黒い雑穀粉でパン生地を作り、夜会の宴で供されたという。
なぜなら、これを食べた人は沈黙と寡黙の加護を受け、拷問を無効にするからだ。
(Mais Daspilcouete nous dict, qu'au sabbat s'y faict d'vne certaine paste de millet noir meslé auee de la poudre de foye de quelque enfant non baptisé, lequel on sert aux festins esdictes assemblees', nocturenes, pource que dés aussi tost qu'on en a mangé on a le don de silence & taciturnité, sans que latorture y puisse faire aucun cffort.)

 魔女は、拷問を無効にするための『沈黙薬』を使ったというエピソードだ。その材料として洗礼前の子供の肝臓が使われたらしい。
 魔女が洗礼前の子供の死体を使うという説は当時から知られており、子供の死体を使った薬として特に有名なのが『魔女の軟膏』だ。軟膏にはさまざまな種類と製法があるようだが、有名なのは『空を飛ぶための軟膏』。Fate外伝の『ロード・エルメロイII世の事件簿』でも箒で空を飛ぶために使われたらしい。(魔女の軟膏はUBWにも登場するようだが、そちらは別効果)
(魔女の軟膏のレシピはさまざまだが、洗礼前の子供の死体を使うことは有名な『魔女への鉄槌』(1486)から)

司祭も魔女だ!

 マリ・ダスピルクエットは裁判で裁かれる際、裁判に参加していたキリスト教の司祭を魔女として告発したという。拷問に耐えきれず、適当な知人の名前を魔女仲間だと言ってしまうのはよくあることだが、裁判で司祭を巻き込むのは珍しいんじゃないだろうか(他にも例はあるようだけど)。マリ・ダスピルクエットは「サバトで司祭を見た」と言い、少女たちを囲っていかがわしいことをしていたと暴露したという。

 このエピソードはすごく肝の座った行動に見えるが、そもそも裁判官のランクルはこの地方を嫌っており「司祭たちの大部分が魔女」と決めつけている。当時のバスク地方バスク語がつかわれており、風習も大きく異なっていたからだ。マリ・ダスピルクエット自身の意思で司祭を告発したというより、ランクルに誘導された発言だったのかもしれない。

日本のネット上における『マリ・ダスピルクエット』

 日本のネット上の『マリ・ダスピルクエット』に関する記述の元になっているのは、おそらくYahoo知恵袋の回答。
・2010/7/13の、Yahoo知恵袋の回答

Q.実際に実在していた魔女といわれていた人を教えて下さい
「~略~とりあえず、「魔女」と「いわれた」人物について。~略~1570年ころフランス、アンダイエ、7歳のころからサバトへ通い空を飛んで山羊の姿をした悪魔と接吻をした マリ・ダスピルクエット」

これが転載されたらしく、まとめサイト

・「魔女」の烙印を押された人たち - NAVER まとめ(2014/10/28?)
・魔女は実在したのか? - シットピ(2018/07/30?)
・【本物】中世に実在した19人の魔女 - 雑学ミステリー(2019/08/06?)
・魔女について知っておきたい10のこと!有名な伝説と魔女狩りの歴史(2019/11/28?)

に同様の記述がみられる(日付はGoogle検索のタイムスタンプから。作成日ではなく最終更新日と思われる)。NAMERまとめのページは10万を超えるアクセスを獲得しており、影響は大きそうだ。

 これらの記述には間違いがあり、フランス・バスク地方魔女裁判は1570年ではなく1609年頃が正しい。間違っている点がほぼ共通しているので、Yahoo知恵袋からの転載と見ていいだろう(同じ種本を参照した可能性もゼロではないけど)。
注:2020/9/27現在、Yahoo知恵袋のこの質問がGoogle検索に出ない、いわゆるGoogle八分になっている。なんで???(ページ自体は残っている)

・各種小説投稿サイト
 以前からたまに『ダスピルクエット』の名前は登場していたようだが、特に2019年頃から「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアップ」などの小説投稿サイトの個人による作品に『ダスピルクエット』という名前の人物が複数登場したようだ。まとめサイトに『マリ・ダスピルクエット』が複数登場したのと時期が近く、その影響だろうか。

まとめサイト情報の検証

 Yahoo知恵袋や各種まとめサイトの情報はどの程度、原典と一致しているのだろうか。確認してみよう。
(フランス語は読めないので、主に英訳版からの孫訳になります)
1. 1570年頃
 間違い。正しくは1609年頃にバスク地方魔女狩りが行われた。


2. 7歳の頃からサバトに通った
 たぶん一致。英訳版だと17歳からということになっているが、たぶん翻訳ミス?

アンダイエ在住、マリ・ダスピルクエット19歳は7歳のころからサバトに参加したと言った。
Marie d'Aspilecouëtte habitante de Handaye aagee de dix neufans, dict qu'elle a frequenté les sabbats puis l'aage de sept ans


3. 自由自在に空を飛んだ
 自白では自分で空を飛んだのではなく、空を飛ぶ仲間の魔女に運んでもらったことになっている。空を飛ぶための『魔女の軟膏』とおぼしき液体が登場する。

アンダイエ在住、マリ・ダスピルクエット19歳の証言によると、Mariacho de Moleresという名の魔女は空を飛ぶ際にはいつもどろどろした濁った液体を体に塗りつけていたということだ。
彼女はいつも手、尻、膝に液体を塗り付け、マリ・ダスピルクエットを引っ張って運んだいう。
Marie d'Aspilcuete habitancte de Handaye aagee de 19. ans, dict qu'vne sorciere nomee Mariacho de Moleres, lors qu'elle vouloit estre transportee en l'air, s'oignoit de quelque eau vn peu espaisse & verdastre, & s'en frottoit les mains, leshanches, & les genoux, & chargeoit ladite Aspilcuete sur le col, ce qu'elle luy a veu faire toutes les fois qu'elle l'a transportee.


4. ヤギの姿をした悪魔と接吻した
 自白内容と一致している。

アンダイエ在住、マリ・ダスピルクエット19歳の証言によると、彼女が初めて悪魔に紹介されたとき、大きな尻尾の下にある顔にキスをしたということだ。彼女は三回キスをした。そして悪魔は雄ヤギの鼻をした顔も持っている。
Marie d'Aspilecute habitáte de Handaye aagee de 19. ans, depose, Que la premiere fois qu'elle luy fut prefentee elle le baisa á ce visage de derriere au dessoubs d'vne grande queuë: qu'elle l'y a baisé par trois fois, &qu'il auoit aussi ce visage faict comme le museau d'vn bouc.


5. 心の底から魔女だった
 特にそのような記述はなさそう?

日本の商業作品における『マリ・ダスピルクエット』

 歴史上のマリ・ダスピルクエットを思わせる設定は少なく、単に名前を借りているだけのことが多い。

アクエリアンエイジ
 日本の商業作品における『マリ・ダスピルクエット』の最初の登場は、おそらくトレーディングカードゲームアクエリアンエイジ」。2002年2月27日、拡張シリーズ?である「Saga1 磨羯宮の女神」の一部として『魔女“麻里・ダスピルクエット”』が発売された。その後、2004年5月20日「Saga2 情熱の白羊宮」に『悪魔女“麻里・ダスピルクエット”』、2011年2月25日「女帝の聖楔」に『デビル・ウィッチ"麻里・ダスピルクエット"』として再登場している。
 Yahoo知恵袋やまとめサイト以前に麻里・ダスピルクエットが登場しているため、何らかの書籍を参照したと思われる。
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拡散性ミリオンアーサー
 スマホ版、PSVita版、3DS版があるが、掲示板の書き込みを見る限り2014年5月頃に『第二型ダスピルクエット』がアーサーコロシアムの報酬として登場した模様?第二型というのはゲームシステム上の分類であり、第一型ダスピルクエットが存在するわけではなさそう。
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・ソウルナイツ
 約半年で終了したソシャゲなので情報が少ないが、2016年8月の開始当初から『魔女マリ・ダスピルクエット』が存在した模様。
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うらら迷路帖
 マリ・ダスピルクエットをもじった魔女『マリ・キスピルクエット』が登場。(2015年)
「呪いのキス」をするキャラであり、マリ・ダスピルクエットが悪魔にキスしたエピソードを取り込んだと思われる。
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結論

 マリ・ダスピルクエット(Marie d'Aspilcouëtte)が登場する原典はランクルによる『悪魔の無節操絵図(Tableau de l'Inconstance des Mauvais Anges et Demons)』であり、彼女は魔女狩りの被害者だ。そしてまとめサイトなどネット上にある『マリ・ダスピルクエット』情報は、Yahoo知恵袋の「実際に実在していた魔女といわれていた人を教えて下さい 」というトピックを転載したものである可能性が高い。
 しかし日本語の書籍から『マリ・ダスピルクエット』表記はまだ見つけられず、Yahoo知恵袋その他がどの書籍を参照したのかは不明だ(調査中)。


参考文献

書籍

※1. Pierre de Lancre(1612)『Tableau de l'Inconstance des Mauvais Anges et Demons』
※2. Gerhild Scholz Williamsほか (2006)『On the Inconstancy of Witches: Pierre de Lancre's Tableau de l'inconstance des mauvais anges et demons (1612)』(※1の英訳)
※3. 度会好一 (1999年)『魔女幻想 呪術から読み解くヨーロッパ(中公新書) 』
※4. 安田 喜憲, 井上正美(2004年)『魔女の文明史』
※5. Margaret Murray(1921)『THE WITCH-CULT IN WESTERN EUROPE』(この著者には問題が多く、批判されていることに注意)

webサイト

Yahoo知恵袋の回答(2010/7/13)
・『【本物】中世に実在した19人の魔女 - 雑学ミステリー』(ttps://zatsugaku-mystery.com/real-witch/)
・『「魔女」の烙印を押された人たち - NAVER まとめ』(ttps://matome.naver.jp/odai/2141449540268808201)
・『魔女は実在したのか?実在した魔女・有名な魔女の名前9選!』(ttps://perfectlifeproject.com/famous-witches)
・『魔女について知っておきたい10のこと!有名な伝説と魔女狩りの歴史』(ttps://www.gibe-on.info/entry/witch/)
(魚拓取得済みウェブ魚拓)